こんにちは、My Garden 編集部です。
ネル生地のようなふわふわとした質感と、エーデルワイスを思わせる上品な白い花姿で不動の人気を誇るフランネルフラワー。特に「フェアリーホワイト」や「エンジェルスター」といった品種は、園芸店で見かけると思わず手に取ってしまう魅力がありますよね。
しかし、愛好家の皆さんが口を揃えて言うのが「突然枯れてしまった」「冬越しができなかった」という維持管理の難しさです。そんな時、もし挿し木で株を増やして「予備の株」を持っていれば、万が一親株が枯れてしまっても保険がききます。そう思っていざ挿し木に挑戦してみても、なかなか発根しなかったり、途中で黒く変色して枯れてしまったりと、失敗してしまうことも多いのではないでしょうか。
実は、この植物はオーストラリア原産というルーツを持っており、一般的な草花とは少し違った「根の性質」や「土壌へのこだわり」を持っています。そのため、なんとなく自己流で行うのではなく、適切な時期や土選び、そして植物生理に基づいた管理方法を知ることが成功への近道なんです。この記事では、最適な時期である5月から6月や秋の9月から10月に行う場合の注意点、鹿沼土やピートモスを使った「酸性用土」の配合黄金比、そして失敗を防ぐための水揚げや発根促進剤のプロフェッショナルな使い方について、どこよりも詳しくお話しします。水挿しがうまくいかない理由や発根までの長い道のりなど、皆さんが抱える疑問や不安を、この記事一つで全て解消していきましょう。
この記事のポイント
- 発根ホルモンが活性化する最適な時期と避けるべき季節の理由
- 成功率を劇的に高めるための酸性用土の配合比率とメカニズム
- エネルギーロスを防ぐ挿し穂の作り方と発根促進剤の効果的な活用法
- 発根後のデリケートな鉢上げタイミングと冬越しの温度管理術
フランネルフラワーの挿し木を成功させる準備
フランネルフラワーの挿し木を成功させるためには、ハサミを入れる前の「事前の準備」が何よりも大切です。思い立った時に適当な庭土へ挿すのではなく、この植物の故郷であるオーストラリアの環境や性質に合わせたタイミングと環境を、ここ日本で再現して整えてあげることで、成功率はぐっと高まります。フランネルフラワーは日本の高温多湿な環境とは少し異なる生理的特性を持っています。そのため、私たち園芸家がその「環境のズレ」を修正し、彼らがストレスなく心地よく根を伸ばせるステージを用意してあげることが、繁殖成功の鍵を握っているのです。まずは、具体的な時期や用土の選び方から、プロの視点で詳細に見ていきましょう。
挿し木の時期は5月から6月がおすすめ

結論から申し上げますと、フランネルフラワーの挿し木を行うのに最も適した「ベストシーズン」は、5月から6月頃、遅くとも7月上旬までの間です。「なぜ春なのか?」という疑問に対しては、植物ホルモンのバランスと気温の関係性から明確な答えが出せます。
春から初夏にかけて、最低気温が15℃を超え、最高気温が20℃〜25℃付近で安定してくると、植物の体内では「オーキシン」や「サイトカイニン」といった成長ホルモンが活発に動き出し、細胞分裂が爆発的に促進されます。特に新芽がぐんぐん伸びる成長期は、茎の先端や節の部分にある「分裂組織」が最も活性化しており、切断された組織を修復しようとする力(カルス形成能力)が最大化する時期なのです。挿し木とは、植物が持つこの自然治癒力と再生能力を利用した繁殖方法ですから、植物自体の生命力が一年で最も高まっているこのタイミングを逃す手はありません。
また、5月〜6月に挿し木を行うもう一つの大きな戦略的なメリットは、「冬越しまでのタイムリミット」に十分な余裕があるという点です。フランネルフラワーは発根までに比較的時間がかかる植物であり、根が出た後も初期生育はゆっくりです。例えば6月に挿した場合、発根して鉢上げができるようになるのが8月頃、そこから秋の成長期を経て株が充実し、しっかりとした木質化が進むのが10月〜11月となります。つまり、寒さに弱いフランネルフラワーにとって最大の試練である「冬」が到来する前に、根を十分に張らせ、寒波に耐えうる体力のある「若株」へと育て上げることが物理的に可能になるのです。
ただし、日本ではこの時期がちょうど「梅雨」と重なる点には、細心の注意が必要です。空中湿度が高く、挿し穂からの過剰な蒸散(水分が抜けること)を防げるという点では、挿し木にとってプラスに働きます。しかし一方で、風通しが悪くなると「蒸れ」によるボトリチス病(灰色かび病)や、切り口からの雑菌侵入による腐敗リスクも急上昇します。雨が直接当たらない軒下や、風通しの良い明るい日陰を選ぶなど、湿度のメリットを最大限に活かしつつ、過湿による病気のデメリットを抑える環境作りが求められます。
秋の9月から10月に行う際の注意点
春の適期を逃してしまった場合、次にチャンスが巡ってくるのは、真夏の猛暑が落ち着いた9月から10月頃です。日本の真夏、特に8月の30℃〜35℃を超える過酷な暑さは、根のない挿し穂にとって致命的なダメージを与えます。高温下では植物の呼吸量が増大し、光合成で得られるエネルギーよりも消費するエネルギーの方が多くなる「消耗戦」状態に陥りやすいため、夏場の挿し木は避けるのが賢明です。その点、涼しくなり始めた秋は人間にとっても作業しやすく、挿し穂の水分管理も比較的容易な時期と言えます。
秋に挿し木する場合のリスクと対策
しかし、秋の挿し木には春にはない大きなリスクが潜んでいます。それは「温度の低下」と「日照時間の短縮」による成長の停滞です。
秋にスタートすると、発根プロセスが進むにつれて季節は晩秋、そして冬へと向かい、気温が下がっていきます。植物の代謝活動は温度に強く依存するため、気温が下がると細胞分裂のスピードが鈍り、最悪の場合は傷口を塞ぐカルスすら形成されずに冬を迎えてしまうことになります。また、なんとか発根したとしても、根の量が少なく体力の乏しい幼苗の状態で冬の寒さに晒されることになります。親株であれば耐えられる程度の軽い霜や寒風でも、挿し木苗にとっては命取りになりかねません。
したがって、秋に挿す場合は、以下の対策を講じる覚悟が必要です。
- 保温設備の準備:冬の間、最低でも5℃、理想的には10℃以上を保てる環境が必要です。簡易温室を用意するか、夜間だけでも室内の暖かい場所へ取り込むなどの手厚い管理が必須となります。
- 日照の確保:冬の室内は光量不足になりがちで、徒長(茎がひょろひょろに伸びること)の原因になります。窓辺の最も明るい場所に置くか、植物育成ライトを補助的に使用して、光合成を維持させる必要があります。
「とりあえず挿しておけば、春になったら芽が出るだろう」という楽観的な期待は、落葉樹などでは通用しますが、常緑で寒さに弱いフランネルフラワーに関しては禁物です。秋の挿し木は、春に行うよりも高度な環境制御が求められる「上級者向けのコース」だと認識し、しっかりとした防寒対策の準備をした上で挑戦しましょう。
挿し木に使う土は鹿沼土とピートモス

ここがフランネルフラワーの挿し木において、成否を分ける最も重要な、まさに「生命線」となるポイントです。多くの園芸植物は中性(pH6.0〜7.0)の土壌を好みますが、フランネルフラワーは明確に酸性土壌(pH5.5〜6.5程度)を好むという特異な性質を持っています。オーストラリア国立植物園(Australian National Botanic Gardens)の資料においても、栽培には適度な酸性土壌が推奨されており、pHが高すぎると鉄分などの微量要素が不溶化して吸収できなくなり、葉が黄色くなる生育不良(クロロシス)を起こすことが知られています(出典:Actinotus helianthi – Australian National Botanic Gardens)。
ホームセンターなどで市販されている一般的な「挿し木・種まきの土」は、多くの場合、苦土石灰などでpHが中性付近に調整されています。これを使ってしまうと、pHが合わずに発根スイッチが入らなかったり、発根しても根の細胞がうまく伸長できずに黒変して枯れてしまったりする原因になります。そこで、私が強くおすすめする、失敗の少ない黄金配合は以下の通りです。
この配合の肝は、「酸度無調整」のピートモスを使用することにあります。パッケージの裏面成分表を見て「pH調整済み」と書かれているものは避けてください。鹿沼土単体でも挿し木は可能ですが、鹿沼土だけだと粒子が荒く乾きすぎる傾向があり、発根初期のデリケートな時期に水切れを起こすリスクがあります。ピートモスを混ぜることで、スポンジのように適度な水分を保持しつつ、フランネルフラワーが好む酸性環境を安定して作り出すことができるのです。
もし、ご自身での配合が難しい、あるいは少量しか必要ないという場合は、市販の「ブルーベリーの土」を代用するのも一つの非常に有効な手段です。ブルーベリーも同じく酸性土壌を好む代表的な植物ですので、その専用培養土は酸度無調整ピートモスと鹿沼土をベースに作られていることが多く、フランネルフラワーの挿し木用土としてそのまま流用しても、非常に良い結果が得られます。「配合が面倒」という方は、ぜひブルーベリーの土を試してみてください。
失敗を防ぐ挿し穂の選び方と水揚げ

挿し木は、親株の一部を切り取って独立させる、いわば「クローン技術」です。そのため、元となる素材である「挿し穂(scion)」の状態が悪ければ、どんなに良い土や環境を用意しても成功することはありません。まず、親株から枝を選ぶときは、その枝の「充実度」をじっくりと見極める必要があります。
選びたいのは、「半熟枝(semi-ripe wood)」と呼ばれる状態の枝です。これは、その年の春に伸びた新しい枝の中で、先端の柔らかすぎる緑色の部分と、根元の木質化して茶色く硬くなった部分の中間に位置するエリアです。触ってみると適度な弾力と硬さがあり、生命力に満ちている部分です。柔らかすぎる若枝は水分が多く腐りやすいですし、逆に古くて硬い枝は細胞分裂の能力が落ちているため発根しにくいのです。この「半熟枝」を、先端から7cm~10cm程度の長さ(2〜3節を含む長さ)でカットします。

次に、非常に重要かつ多くの人が躊躇してしまう工程が、「蕾(つぼみ)や花を完全に取り除くこと」です。「せっかくついている可愛い蕾がもったいない」「もう少しで花が咲きそうだから残したい」という気持ちは痛いほど分かりますが、挿し木においてこれは致命的なミスとなります。
植物生理学的に見ると、蕾や花は「シンク(受容部)」と呼ばれ、光合成で作られた栄養分を大量に消費する器官です。もし挿し穂に蕾が残っていると、植物体内の限られた栄養分(炭水化物やホルモン)はすべて「開花」のために優先的に送られ、「発根」という生存のためのプロセスが後回しにされてしまいます。その結果、根が出ないまま体力を使い果たし、花が咲いた直後に枯れてしまうのです。どんなに小さな蕾であっても、心を鬼にしてすべて摘み取ってください。それが、新しい命を救うことになります。

カットした挿し穂は、鋭利なカッターナイフや剪定ばさみ(できればアルコール消毒済みのもの)で、切り口を斜めにスパッと切り直します。断面を斜めにすることで給水面積を広げると同時に、細胞を潰さずに綺麗に切断することで、腐敗菌の侵入を防ぎます。その後、1時間ほど清潔な水に浸けて「水揚げ(水切り)」を行います。これにより、導管内に水柱を作り、挿し木直後の水切れショックを和らげる効果があります。この際、水に「メネデール」などの活力剤を規定倍率で混ぜておくと、切り口のイオンバランスが整い、より効果的です。
ルートンなどの発根促進剤を活用する

フランネルフラワーは、残念ながら「水に挿しておけば勝手に根が出る」ような発根しやすい植物(イージー・ルーティング・プランツ)ではありません。自然状態での発根率は決して高くないため、科学の力、つまり「発根促進剤」の力を積極的に借りることを強くおすすめします。これはドーピングではなく、植物が本来持っている発根メカニズムをスイッチオンするための補助です。
代表的なものに「ルートン」などの粉末状薬剤があります。これらには「オーキシン」という植物ホルモンに似た成分(α-ナフチルアセトアミドなど)が含まれており、切り口の細胞に作用して、不定根(本来根が出ない場所から出る根)の形成を強力に誘導する働きがあります。
発根促進剤の効果的な使い方と注意点
- 水揚げが終わった挿し穂を取り出し、軽く振って余分な水滴を落とします。
- 粉末状の薬剤を、切り口の断面とその周辺(下から5mm〜1cm程度)に薄くまぶします。
- 重要:「たくさんつければ良い」というものではありません。ここが失敗の分かれ目です。薬剤が厚く団子状についてしまうと、逆に切り口の呼吸を妨げて組織壊死や腐敗の原因になります。余分な粉は指でトントンと叩いて落とし、「うっすらと白化粧している」程度にするのがプロのコツです。
「自然派でいきたいから薬剤は使わない」という考え方もありますが、フランネルフラワーに関しては、あるとないとでは成功率が数倍変わってくることも珍しくありません。特に初心者の方や、貴重な枝を無駄にしたくない場合は、リスクヘッジとしてぜひ活用してください。
挿し木の方法と手順を解説
準備が整ったら、いよいよ実際に土へ挿す作業(挿し付け)に移ります。些細な手順の違いが後の生存率に関わってきますので、一つ一つの動作を丁寧に進めましょう。
1. 用土の湿潤化
用意した清潔な用土(鹿沼土+ピートモス)を鉢や育苗箱に入れます。ここで重要なのは、乾燥した用土にいきなり挿さないことです。乾燥した土は水を弾きやすく、また挿した直後に土が急激に水を吸う際に、挿し穂の切り口から水分を奪ってしまうことがあります。あらかじめたっぷりと水をかけ、微塵(細かい粉)を流し出し、用土全体を十分に湿らせておきましょう。
2. ガイド穴を開ける

ここが意外と見落とされがちなポイントです。挿し穂を用土に直接ブスッと突き刺してはいけません。せっかく切り口に薄く塗った発根促進剤が土との摩擦で剥がれてしまったり、切り口の柔らかな組織が潰れてしまったりするからです。必ず割り箸や鉛筆などの棒を使って、挿し穂よりも少し太めの穴(ガイド穴)を先に開けておきます。
3. 挿し穂をセットし、鎮圧する
開けたガイド穴に、薬剤が取れないようにそっと挿し穂を差し込みます。深さは2cm〜3cm程度、節が一つ土に埋まるくらいが目安です。深すぎると茎が腐りやすく、浅すぎると乾燥して倒れやすくなります。その後、挿し穂の周りの土を指で寄せるようにして軽く押さえ(鎮圧)、土と茎との隙間をなくします。土の中に空洞(エアポケット)があると、そこから空気が入り込んで切り口が乾燥し、カルス形成が阻害されてしまいます。「ギュウギュウ」と固めるのではなく、「優しくしっかりと」密着させるイメージです。
4. 置き場所と初期管理
最後に、霧吹きのような優しい水流で再度水を与え、土を落ち着かせます。鉢は直射日光や強い風が当たらない、明るい日陰(レースのカーテン越しや、屋外なら木漏れ日の当たる場所)に置きます。地面に直接置くとダンゴムシやナメクジの被害に遭ったり、泥はねで病気になったりするので、棚の上など少し高い位置で管理するのがベターです。
土は必ず「新しいもの」を
「庭の土が余っているから」「去年の鉢植えの土を使おう」というのは絶対にNGです。使い古しの土には、目に見えなくても様々な病原菌や線虫が潜んでいる可能性が高いです。切り口という「生傷」を持つ抵抗力のない挿し穂にとって、それらは致命的な脅威となります。必ず袋から出したばかりの新品の清潔な用土を使ってくださいね。これが最初の一歩です。
フランネルフラワーの挿し木で失敗しないコツ
手順通りに完璧に挿し木を行っても、その後の1ヶ月〜2ヶ月の管理期間中に枯らしてしまうケースが後を絶ちません。植物は「挿した瞬間」に成功が決まるのではなく、「根が出るまでの環境維持」によって成否が決まります。ここでは、よくある失敗パターンを分析し、長く待つことになる発根期間中の具体的な管理のコツ、そして園芸家としての心構えをお伝えします。
水挿しをおすすめしない理由とは
インターネット上やSNSでは、おしゃれなガラス瓶に水を入れて植物を挿しておくだけの「水挿し(Water Propagation)」が、手軽で映える方法として紹介されることがあります。ポトス、アイビー、モンステラなどの強健な観葉植物であればこの方法でも全く問題ありませんが、フランネルフラワーに関しては、私はあまりおすすめしません。むしろ「やめておいた方が無難」と言い切っても良いくらいです。
その最大の理由は、「根の性質の違い」と「移植ショックへの耐性」にあります。植物が生理的に水中で発生させる根(いわゆる水生根・ウォーター・ルーツ)は、水から直接酸素を取り込むことに特化した構造をしており、土の中で呼吸するための根(土生根)とは細胞の構造や太さが異なります。水挿しでなんとか発根したとしても、それを土に植え替えた瞬間、環境が激変し、水生根は土の中で機能不全に陥りやすいのです。
特にフランネルフラワーの根は「直根性」に近い性質を持ち、太い根が少なく、非常に繊細で脆いのが特徴です。水から土への植え替え作業自体が、根にとって大きな物理的ストレスとなり、せっかく出た根が植え替え時に折れたり傷ついたりして、そこから腐敗が始まるケースが多く見られます。最初から土(鹿沼土など)に挿して、そのまま土の中で「土生根」を張らせる方が、発根後の順化(環境への適応)がスムーズであり、結果的にその後の生存率は格段に高くなります。「急がば回れ」で、最初から土を使うことを強く推奨します。
挿し木がつかない時は過湿を疑う

「毎日欠かさず水をあげているのに、茎の根元が黒くなって倒れてしまった」「カビが生えてしまった」という相談をよく受けますが、その原因のほとんどは「水のやりすぎによる酸欠(根腐れ)」です。
挿し木直後の2週間ほどは、根がないため吸水能力が著しく低く、葉からの蒸散を抑えるために「空中湿度」を高く保つ必要があります。しかし、多くの人が誤解しているのが、この「高湿度」の意味です。これは「土を常にビショビショの水浸しにしておく」こととはイコールではありません。土の中が常に水で飽和していると、切り口に新鮮な酸素が供給されず、酸素を嫌う嫌気性菌が繁殖して組織が一気に腐敗してしまいます。
ここで役立つのが、前述した「鹿沼土」の特性です。鹿沼土は水分を含むと濃い黄色になり、乾くと白っぽく変化します。この色の変化をサインにして、「表面が白くなりかけたら水をたっぷりと与える」というメリハリのある水やりを心がけましょう。また、土に水をジャージャーかけるのではなく、葉や茎に霧吹きで水をかける「葉水(はみず)」を朝晩頻繁に行うことで、土の過湿を防ぎつつ、植物体自体の乾燥を防ぐことができます。「足元(土)はほどほどに、頭(葉)はたっぷりと潤いを」というバランス感覚が、根腐れを防ぐ最大の秘訣です。
発根までの日数は2ヶ月ほど待つ
フランネルフラワーの挿し木における最大の敵は、病気でも害虫でもなく、もしかすると栽培者の「焦り」かもしれません。この植物は、発根するまでに非常に時間がかかる「超・のんびり屋さん」として知られています。
ペチュニアやゼラニウム、コリウスなどの一般的な草花なら、早ければ1週間、遅くとも2週間ほどで根が出始めますが、フランネルフラワーの場合は全く違います。早くて1ヶ月、通常で2ヶ月程度の期間を要します。季節や環境、品種によっては3ヶ月近くかかることさえあります。
挿してから数週間経っても地上部に全く変化がないと、「もしかして失敗したのかな?」「発根しているかちょっとだけ見てみたい」という誘惑に駆られ、つい挿し穂を引っ張ったり、抜いて確認したくなってしまいます。しかし、これは絶対にやってはいけません。地下では、切り口にカルス(癒合組織)ができ、そこからようやくミリ単位の微細な根毛が伸びようとしている最中です。少し土が動くだけで、この繊細な根は簡単に切れてしまいます。一度抜いてしまうと、そこからのリカバリーはほぼ不可能です。
発根の確実なサインは、茎の先端から「新しい葉(新芽)が展開し始めること」です。新芽が動き出し、色が鮮やかになってくるということは、地下部で根が水分と養分を吸収し始めた何よりの証拠です。それまでは、枯れてさえいなければ「便りがないのは良い便り」と信じて、じっくりと腰を据えて待ちましょう。この「待つ力」こそが、フランネルフラワー攻略の鍵です。
発根後の鉢上げと冬越しの管理

新芽が出て発根が確認できても、すぐに鉢上げ(植え替え)をしてはいけません。ここでも「焦り」は禁物です。出たばかりの根はまだ本数が少なく、土を抱え込む力がありません。この状態で掘り上げると、土がボロボロと落ちて根が露出し、重大なダメージを受けてしまいます。
新芽が数枚展開し、鉢底の穴から根がチラッと見えるくらいになるまで待ち、土と根が一体となった「根鉢(ねばち)」がある程度形成されるまで、そのままの鉢で育てます。そして植え替えの際は、根鉢を絶対に崩さないように、そっと一回り大きな鉢に移します。この時も、用土は酸性(ピートモス+鹿沼土、またはブルーベリーの土)を使用することを忘れないでください。間違ってもここで一般的な中性の培養土を使ってはいけません。
また、挿し木苗は親株に比べて耐寒性が著しく低いです。無事に秋までに鉢上げできたとしても、最初の冬は過保護なくらいに管理する必要があります。5℃以下になるような日は室内の日当たりの良い場所に取り込み、夜間の窓際の冷気(コールドドラフト)にも注意してください。厚手のカーテンを閉めるか、部屋の中央に移動させるなどの配慮が必要です。一度凍結させてしまうと、細胞が破壊されて一発で枯死してしまいます。春に暖かくなるまでは、箱入り娘のように大切に守ってあげてください。
剪定した枝を使って株を更新する
最後に、なぜ私たちがこれほどの手間と時間をかけてまで、フランネルフラワーの挿し木を行うのか、その意義について触れておきたいと思います。フランネルフラワーは、日本の高温多湿な気候下では「短命な多年草」として扱われることが多く、どんなに上手に育てていても、2〜3年で突然株が老化し、ある日突然枯れてしまうことが珍しくありません。
そのため、株が元気なうちに挿し木を行って「予備の株(バックアップ)」を作っておくことは、この美しい花を途切れさせずに長く楽しみ続けるための、唯一にして最大の防御策なのです。花が終わった後の切り戻しや、株の形を整えるために8月頃に行う摘心(ピンチ)の際にカットした枝は、ただゴミとして捨てるのではなく、次世代へのバトンとして活用できます。
親株と同じ遺伝子を持つクローン苗を作ることで、お気に入りの品種を何年にもわたって維持することができます。失敗を恐れず、剪定のたびに数本ずつ挿しておく習慣をつければ、いつか親株が寿命を迎えても、その子供たちがまた美しい花を咲かせてくれるでしょう。そうやって命を繋いでいくことも、ガーデニングの深い喜びの一つではないでしょうか。
まとめ:フランネルフラワーの挿し木に挑戦
フランネルフラワーの挿し木は、正直なところ、初心者の方が適当にやって成功するほど簡単なものではありません。しかし、その失敗の多くは「土壌pHの不適合」「排水不良による根腐れ」「待てずにいじってしまうこと」という3大要因に起因しています。
この記事でお伝えした「酸性の土(鹿沼土+無調整ピートモス)を必ず使うこと」「過湿に気をつつ葉水で湿度を保つこと」、そして何より「2ヶ月間、信じて待つこと」。この3つのポイントを意識して実践すれば、成功率は飛躍的に向上するはずです。あのふわふわの白い花を、自分の手で増やして庭一面に咲かせる喜びは、園芸家にとって何にも代えがたい体験です。ぜひ、次回の剪定シーズンには、ダメ元でも良いので挑戦してみてくださいね。親株とはまた違った愛着が湧く、小さな小さなフランネルフラワーとの出会いが待っています。
この記事の要点まとめ
- 挿し木の最適期は成長ホルモンが活発な5月から6月、遅くても7月上旬まで
- 秋(9月~10月)も可能だが、冬越しには5℃以上の保温設備と日照確保が必須
- 土は酸性(pH5.5~6.5)を好むため、鹿沼土と酸度無調整ピートモスを配合する
- 市販の一般的な草花用培養土はpHが中性のため、使用すると失敗する確率が高い
- 挿し穂は「半熟枝」を選び、蕾や花を全て取り除くことが成功の絶対条件
- 切り口は斜めに鋭くカットし、1時間ほど水揚げして導管に水を行き渡らせる
- 発根しにくい植物のため、ルートンなどの発根促進剤の使用を強く推奨する
- 水挿しは発根後の移植ショックで枯れやすいため、最初から土に挿すのがベスト
- 水やりは土の過湿(根腐れ)に注意し、鹿沼土の色の変化を見て判断する
- 発根までには1ヶ月から2ヶ月という長い時間がかかるため、焦りは禁物
- 途中で抜いて発根を確認する行為は、繊細な根を切断するため厳禁
- 発根のサインは、茎の先端から新しい葉(新芽)が展開し始めること
- 鉢上げ時は根鉢を絶対に崩さないようにし、酸性用土を使って植え替える
- 幼苗の冬越しは室内などで5℃以上を保ち、凍結を避けることが重要
- 株の寿命が短い傾向にあるため、定期的に挿し木で更新(バックアップ)する
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